瀬戸内の新鮮な魚介類が豊富な鞆の浦の飲食店やお宿では、気軽に地魚料理を味わうことができますが、町を歩いてみると「ぶっつー」「がす天」といった不思議な名前の料理に出会えます。せっかく漁師町を訪れたなら、昔から変わらず地元民に愛され続けるローカルフードを探してみては?


鞆の食卓の定番“ぶっつー”とは何ぞや?

お昼ごはんを食べるために訪れたうどん屋のマスターが「ぶっつー食べてみるか?」と声をかけてくれました。「ぜひ!」と言ってみたものの、一体どんな食べ物なのか、検討もつきません。
カウンターの向こうから差し出された、茶色くて小さな“何か”を箸で持ち上げてみると、どうやら小魚みたい。食感はちょっと硬めですが、噛めば噛むほどうま味が広がり、甘辛い砂糖醤油の味に白いご飯が恋しくなります。

ぶっつーとは10cm前後の小さな魚のこと。「正式名称は分からんけど、コチの一種じゃろう」と教えてくれました。佃煮風に調理するのが定番で、この料理自体をぶっつーと呼ぶ人もいるそう。マスター曰く「ぶっつーは鞆のお母さんの味」。初夏になると、どの家庭の食卓にも並ぶそうです。

頭、尻尾、ヒレ、内臓を取り除いたら、油でじっくりと素揚げし、醤油、みりん、砂糖で甘辛く煮詰めていきます。さらに、唐辛子と山椒を効かせるのがマスター流。「料理する人によって作り方も味付けも違うはず。魚屋のお母さんに話を聞いてみ!」と送り出してくれました。

 

 

作り方は百人百様。毎日の食卓を彩るお母さんの味

魚屋さんの軒先をのぞいてみると、ちょうどぶっつーに似たものが! 聞けば、ぶっつーは収穫量が年々減っているという理由で、代わりにコハゼで佃煮を作っているところでした。素揚げした魚をたっぷりの日本酒、醤油、三温糖で煮詰めるのがお母さん流。「硬くなるけぇみりんは入れん。ガスストーブで時間をかけてコトコト煮込むんよ」と言いながら試食させてくれました。確かに、先ほどと違ってほろりと柔らかく、甘くて優しい味。

「うちは魚を揚げずに軽く干すんよ」「水飴を入れるで」と、魚を買いにきたおばちゃんたちも口々に“わが家のぶっつー”について教えてくれます。

そしてもうひとつ気になったのが「オランダ煮」。尾頭付きの小鯛をそのまま素揚げし、形が崩れないよう甘露煮にしたもの。こちらは日常というよりは少し贅沢な料理だそう。

みんなのお宅にお邪魔して、いろんな魚料理を食べたいのはやまやまですが……初夏には飲食店や魚屋さんにもぶっつーが並ぶことがあるので、ぜひ探してみてください。

 

小魚を活用するために考案された「がす天」

ちくわや天ぷらなど練り物の生産が盛んな鞆の浦。中でもひと際目を引くのが、素朴な見た目の「がす天」です。ネブト(天竺鯛)などの小魚を骨ごと潰して練り上げ、油で揚げたさつま揚げのようなもの。諸説ありますが、やや骨っぽい感触が“がすがす”するから「がす天」と呼ばれるようになったとか。

今では水揚げ量が減り、貴重な存在となったネブトですが、数十年前まで鞆の浦では網が持ち上がらないほどネブトがとれていたそうです。骨がましい上、小さくて処理が大変なため市場での価値は低く、それを何とか工夫して食べようと考えられたのが「がす天」。
これまた作り方は人それぞれですが、共通しているのがゴボウを入れる点。千切りやささがきにしたシャキシャキのゴボウは、歯応えが良いだけでなく魚の臭みをとる役目も果たします。

高温の油でカラッと揚げた「がす天」は、確かにやや骨っぽい感触がしますが、魚のうま味をダイレクトに感じられる逸品。地元で愛され続けているのも納得のおいしさです。鞆の浦に数軒ある練り物専門店などで手に入るので、町歩きのおやつやお土産にしてはいかがですか。