まちのお知らせ
「まちのお知らせ」では、鞆の魅力が伝わる情報をお伝えしていきます。
鞆のまちで開催されるイベントやキャンペーンの告知、まちづくり活動の様子など、「まちのお知らせ」に掲載を希望される情報をお寄せください。
<お申し込み方法>
「まちのお知らせ」掲載申請書 をメールまたはご郵送ください。
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bunkazai@city.fukuyama.Hiroshima.jp
(申請書を添付するか、メール本文に内容を記載してください。)
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〒720-8501 福山市東桜町3-5
日本遺産鞆の浦魅力発信協議会(事務局:文化振興課)
TEL:084-928-1278
秋祭り~「チョウサイじゃぁ~!チョウサイじゃ!」(渡守神社例祭)
鞆の沼名前神社の摂社である渡守神社例祭は、「チョウサイ」や「おおまつり」の名で地域の方に親しまれています。 祭りは、旧鞆7町が輪番で取り仕切り、今年は鍛冶町、祇園町が当番町となり、その年に話題になったものを題材に、「明かしもん」と呼ばれる絵行燈や、御旅所に設置する「作りもん」を制作しています。 「明かしもん」や「作りもん」の完成までには、実はたくさんの苦労と試行錯誤があります。 「どうすれば、もっと本物らしく見えるだろう?」「この質感を表現するには、どんな素材がいいだろう?」形や大きさだけでなく、色合いや質感、細かな部分まで、本物に近づけるため素材を選び、一つひとつ手を加えていきます。 その制作秘話を伺うと、まず作りもんのモデルをミニチュアで作成し、それを見ながら大きな「作りもん」を作成するとの事。 「もう少しこうしたら、・・・」と工夫を重ねながら、少しずつ完成に近づけていくのだそうです。 こうして出来上がる「明かしもん」、「作りもん」には祭りへの思いと受け継がれてきた文化を大切にする気持ちが込められています。 完成した姿だけではなく、ぜひその裏側にある「人の手」と「思い」にも注目してみてください。 今年の祭りは9月18日(金)から20日(日)の3日間にかけて行われます。 1日目は渡守神社渡御祭で「明かしもん」を馬の台に乗せ町内を回ります。 > MORE
鞆の常夜燈周辺で進められている高潮対策の防潮工事の中で、これまで地中に埋もれていた石垣が思いがけずその姿を現しました。
歴史ある鞆の港に作られた石垣は、港を守る為の護岸であったのか、あるいは港湾施設の一部であったのか、、、 常夜燈へお越しの皆様にはご不便をお掛けしますが、ご理解とご協力をお願いいたします。 工事期間:2026年6月~2026年12月まで
鞆てらすに「八朔の馬」がやってきました!
鞆てらすに「八朔の馬」がやってきました!当時作られた木馬と八朔料理を再現したレプリカを展示中です。 「八朔の馬だし」は、江戸時代から続くこども達の健やかな成長を願う鞆ならではの温かい伝統行事です。全国でも極めて珍しく、こどもの誕生を祝って白い馬の模型を作り、車輪のついた台に乗せ町中を引きまわします。 木馬は小さいものから等身大のものまであり、家庭により個性が見られます。昭和初期に一旦姿を消し17年の時を経て地元の方々の力により復活しました。八朔の料理(冬瓜料理や花餅)も、継承しようという思いで再現されました。 今年の「八朔の馬だし」のイベントは、酷暑のため安全を考慮し来春に延期されました。 鞆の浦歴史民俗資料館では、10月4日(日)まで企画展「八朔の馬」を開催しています。 > MORE
“ねぶと”の季節がやってきました!
“ねぶと”の季節がやってきました!瀬戸内海近海で獲れる「ねぶと」は今が旬です! 鞆はいろいろな小魚がたくさん獲れます。その一つ「ねぶと」は、夏のおつまみには欠かせない人気の一品となります! 福山市では、郷土料理のおつまみを総して「福つまみ」があり、その代表格の「ねぶと」はテンジクダイのこと。唐揚げや南蛮漬けで食べるのが絶品です。ついつい、お酒が進みますね!「福つまみ」は、他にも“ちいちいいかの天ぷら"や“鯛ちくわ”などがあり、鞆は豊富な美味しい海の幸でいっぱいです!! 骨ごとを手軽に食べられる「ねぶとのから揚げ」。おやつにもおつまみでも最高です。市場に出回るこの時期にぜひ、作ってみてください! 〇材料:ねぶと(テンジクダイ) 適量 小麦粉:適量 片栗粉:適量 > MORE
“平の夏”と言えば、淀媛さんの例祭「渡御祭・還御祭」 ~鞆・淀姫神社 8月1日(土)・2日(日)~
平の夏”と言えば、淀媛神社の例祭(還御祭・渡御祭)があります。 潮風にのって華やかに揺れる七夕飾り(旧歴・七夕)の中、力強い太鼓や神輿ばやしを響かせながら平地区を練り歩きます。今年も鞆町平地区の熱い暑い夏の一日がやってきます!! 神輿は荒神社へ向かい「お仮屋」で一晩過ごし、翌日「淀媛神社」へ還っていきます。 以前は、祭りの前日に各家庭で作られた「だんご」が振舞われました。また3丁の地区から一基ずつ神輿が出され競うように廻されたことから「平の投げ神輿」とも言われています。 淀姫神社は、鞆港や瀬戸内海を見下ろすことができる鞆の絶景スポット!神功皇后の妹である“淀媛”を祭神として、古くから平地区の人達の暮らしや鞆港での行き交う船を見守ってきました。「おしまいしゃんしゃん」と祭りが静かに終わると、翌朝には平港の波止から住民の願いをのせた笹が海に流されます。 ただ今、「淀媛神社例祭」を見事に描いた絵巻物(上月ひとみ氏作)が鞆てらすにて展示中です。
足利義昭と鞆
室町時代末、織田信長が天下布武をめざすなか、京都から追放された室町幕府十五代征夷大将軍・足利義昭は、天正4年(1576年)、由良(和歌山)から海路で鞆へ上陸し、小松寺に入りました。 毛利輝元の庇護を受け、鞆で亡命政権を構えた義昭は、多数の近臣らに支えられ、将軍として数多くの花押を添えた公帖を発給するなど、一定の権威を持ちました。また、義昭は毛利輝元や上杉謙信など、諸国の武将や大名に多数の御内書を送り、上洛への協力と打倒信長を訴え続けました。 天正10年(1582年)、本能寺の変で明智光秀により信長が討たれると、毛利氏に上洛を訴えた義昭でしたが、天下の情勢は豊臣秀吉になびき、上洛の願いは叶いませんでした。 天正15年(1587年)、豊臣秀吉が九州出征する途中、義昭は備後赤坂で秀吉と面会しました。その後、義昭は秀吉に協力し、島津義久と秀吉の和睦を斡旋するなどの活躍を見せました。この功績もあり、義昭は天正15年(1587年)に京都へ戻ります。京都を追われてから、実に15年ぶりの帰京でした。 天正16年(1588年)、義昭は将軍職を辞すると出家し、昌山道休と名乗ることとなりました。 鞆を拠点に幕府の再興を企てていた義昭と鞆には、深い結び付きがあったのです。 義昭所縁の安国寺 > MORE
日本遺産鞆の浦の構成文化財を活用した取組を支援します!
日本遺産鞆の浦を活用して町内及び市内の活性化を図るため、日本遺産鞆の浦の構成文化財を活用した取り組みを最大20万円支援する補助金(日本遺産 鞆の浦構成文化財活用事業補助金)の募集を開始します。 ついては、下記のとおり事業を募集しますので、ご応募ください。 募集期間 2026年7月15日(水)から2026年12月18日(金)まで ※2027年3月31日(水)までに終了予定の事業に限ります。 活用できる構成文化財一覧 > MORE
火の粉が舞う熱き夏の祭り!~お手火神事
ゴールデンウィーク明けの5月18日からお手火の準備は始まります。 土日を除いた毎夜、祭事運営委員約20名でお手火の素材である松の木を支度し、 大手火は1体が長さ4メートル、重さは200キロ、これを3体とたくさんの小手火を現在作製されています。 お手火神事は、沼名前神社の祇園宮の祭神・須佐之男命(すさのおのみこと)の神輿渡御(みこしとぎょ)に先立って行われるお祓いの行事です。 7月11日のお手火神事から始まり、12日は神輿渡御祭、19日は神輿還御祭と続きます。 7月11日のお手火神事では、燃え盛る三体の巨大なたいまつ「大手火」を担いだ氏子衆たちが頭から水をかぶりながら、ゆっくりと四十五段の大石段を登っていき、沼名前神社境内が炎と熱気に包まれます。 熱い夏の火祭りは、威勢のいい勇者そのものの姿や燃え盛る炎に心も煽られます。 そんなお手火神事を見に鞆に出掛けてみませんか? > MORE
伝統的建造物を修理活用した地住民や来訪者が集える場所が鞆にお目見え!
元々醤油やお酢を醸造していた建物。店舗名の「かもす」とは「醸造」の一文字を、リスペクトを込めて頂いたとか。 明治期に建てられたと言われていていますが、その姿は時代と共に少し変わってしまいました。2年間の改修工事を経て、昔の面影を取り戻したのです。 室内側に跳ね上げる板戸、蔀帳(ぶちょう)と言われる建具を再現、下の部分はねこさんよけの格子が嵌められました。 1階のショップには、デニム、木、鉄など地域産業から生まれた商品が取り揃えられています。 2階は、こども自習室や地域利用が出来るスペースが設けられており、こども達が地域の方と学んだり、ご近所さんがお茶会をしたり、手芸をしたり、使い方を考えるのも楽しい空間です。 1F ショップ 定休日 / 火曜日・水曜日 時 間 > MORE
毎年6月30日は夏越の祓~茅の輪くぐり
「夏越の祓(なごしのはらえ)」が『沼名前神社』で6月に行われます。 茅(ちがや)で編まれた大きな輪を三回くぐりながら「水無月の夏越の祓する人は千歳の命延ぶというなり」と唱えながら無病息災をお祈りします。 神事で使われた茅の輪はほどかれて町民に分配。家々の玄関先にはこの茅を編みなおした小さな茅の輪がぶら下がっているのを見ることができます。 蘇民将来(そみんしょうらい)という貧しい若者に宿を借りたスサノオ尊が、「後の世に疫病がはやったら、蘇民将来の子孫だといって、茅の輪を腰に着ければ免れるであろう」という伝説がもととなっています。 奈良時代の古記が現代も大切に受け継がれているのです。 鞆の旅の途中に立ち寄って静かに願いを込めてみませんか。 会場:沼名前神社 住所:福山市鞆町後地1225 > MORE